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広島高等裁判所 昭和63年(ネ)56号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して、一四一五万五一六三円及び内一三一五万五一六三円に対する昭和五七年三月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その九を被控訴人らの、その一を控訴人の各負担とし、補助参加によつて生じた費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その九を補助参加人の、その一を控訴人の各負担とする。

三  この判決は主文第一項1について仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を次のとおり変更する。

(二)  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して、一六六一万六八四八円及び内一五一一万六八四八円に対する昭和五七年三月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(四)  仮執行の宣言

2  被控訴人ら

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

一  控訴人の請求原因

1(一)  被控訴人久保秀雄(以下「久保」という。)は昭和五七年三月二三日午前七時五五分ころ山口市後河原二四九番地先道路上を野田方面から山口県庁方面に向い普通貨物自動車(山四四わ一五二。以下「加害車」という。)を運転進行中、前方の横断歩道を横断中の吉冨靖峰(昭和四七年一二月九日生、以下「靖峰」という。)に接触して同人に傷害を負わせ、これにより翌二四日死亡するに至らせた(以下「本件事故」という。)。

(二)  被控訴人久保は、進路前方に設けられた横断歩道(但し、信号機の設備がなく、交通整理もしていない。)に三名程の学童が横断中であることを約四六メートル前方で認めたので、その学童の動静に注意し、前方の安全を確認して横断歩道部分に差し掛かるべき注意義務があるのに、これを怠り、前方を注視しないまま進行した過失があるから、民法七〇九条により、本件損害賠償の義務を負う。

2  被控訴人有限会社山口互助センター(以下「互助センター」という。)は本件事故当時被控訴人久保を雇用し、その業務として加害車の運転に従事させていたので、その使用者として民法七一五条により本件損害賠償の義務を負う。

3  控訴人は本件事故により次の損害を被つた。

(一)  靖峰の逸失利益の相続分 八一一万六八四八円

靖峰は、本件事故当時九歳で一八歳から六七歳まで就労可能期間四九年間に、一年当たり一六五万八七〇〇円(賃金センサス昭和五七年第一巻第一表全産業計男子労働者学歴計一八~一九歳きまつて支給される現金給与月額一二万八五〇〇円、年間賞与その他特別給与額一一万六七〇〇円の合計)、生活費としては右収入のうち必要な生活費実額からみてその割合は五〇パーセントとみるのが相当でこれを控除し、新ホフマン係数一九・五七四により中間利息を控除した現在額は、一六二三万三六九六円{(128,500×12+116,700)×(1-0.5)×19.574=16,233,696}である。靖峰の相続人は母である控訴人及び父である吉冨勝彦(以下「勝彦」という。)でその法定相続分は各二分の一であるから、右の内控訴人の相続額は八一一万六八四八円である。

(二)  靖峰の慰謝料の相続分 五〇〇万円

靖峰の本件事故による慰謝料は一〇〇〇万円が相当であり、その内控訴人が相続した額は二分の一の五〇〇万円である。

(三)  控訴人の慰謝料 二〇〇万円

本件事故により控訴人は多大の精神的な苦痛を受けたので、その慰謝料は二〇〇万円とするのを相当とする。

(四)  弁護士費用 一五〇万円

控訴人は被控訴人らが本件損害賠償義務を不当に争うので本件訴訟による解決につき控訴代理人に委任し、その費用として一五〇万円を要する。

4  よつて、控訴人は被控訴人らに対し、本件事故により控訴人が被つた損害の賠償として、連帯して、右3の合計一六六一万六八四八円及び内3の(一)ないし(三)の合計一五一一万六八四八円に対する不法行為の日の昭和五七年三月二三日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被控訴人ら及び補助参加人の認否、抗弁

1  請求原因1(一)(本件事故の発生)、(二)(被控訴人久保の過失)についてはこれを認める。

2  同2の事実のうち被控訴人互助センターが、本件事故当時被控訴人久保を雇用し、その業務として加害車の運転に従事させていたことは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実は争う。

4  本件事故の原因について、靖峰が道路を横断する前に左右から進行車がないかどうかよく見て、安全に横断できることを確認して横断を始めるべき注意義務があるところ、これを怠り、全く左右に注意を払わず突然走り出して横断した過失があるので、その過失相殺をすべきである。

5  被控訴人らは、昭和五八年四月二〇日控訴人の代理人である勝彦との間で、本件事故による損害賠償中控訴人の取得分につき、一一六三万五〇〇〇円とする旨の示談をした(以下「本件示談」という。)。

6  被控訴人ら、共栄火災海上保険相互会社(以下「共栄火災保険」という。)及び東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上保険」という。)は、勝彦が控訴人から本件事故による損害賠償各保険金のうち控訴人取得分の請求、受領につき委任された旨の委任状、控訴人の印鑑登録証明書を持参したので、勝彦が控訴人を代理する正当な権限を有するものと信じ、そのように信ずるにつき善意無過失で、(一)共栄火災保険が昭和五八年四月二六日本件事故による自賠責保険金の内控訴人の取得分九八〇万円を、(二)東京海上保険が同年五月七日本件事故による損害賠償の任意保険金の内控訴人の取得分一八三万五〇〇〇円を、それぞれ山口相互銀行小郡支店の勝彦名義の普通預金口座に振り込んで支払つた。右支払は民法四七八条の準占有者弁済に当たり有効である。

四  抗弁に対する控訴人の認否

1  被控訴人ら及び補助参加人主張4の事実(過失相殺)は否認する。靖峰は、横断歩道を横断中であり、加害車との接触を避けるためには、引き返す余裕がなく急遽走り出して避難するほかなかつたもので、右行為に出たことに何等の過失もなかつた。

2  同5の事実(本件示談)は否認する。控訴人は二度にわたり勝彦と婚姻し、二度目に協議離婚をしたのは昭和五二年一月一七日で、被害者靖峰の親権者を勝彦と定め、離婚後昭和五五年四月ころから別居していたが、その後は勝彦が靖峰を監護養育し、勝彦が同年一〇月ころ犯罪を犯して刑務所に入つてから靖峰は山口市の社会福祉法人山口育児院に収容され、そこから小学校(事故当時三年生)に通学していて、本件事故に遭つた。控訴人は右別居後勝彦と音信不通であり、勝彦はその後の控訴人の所在を知らなかつたが、勝彦が控訴人の委任状などを偽造の上、これにより被控訴人らと本件示談をしたものであり、勝彦は本件示談につき控訴人を代理する正当な権限を有しなかつたものである。

3  同6の事実(準占有者弁済)は否認する。被控訴人ら共栄火災保険及び東京海上保険は、勝彦に控訴人を代理して各保険金の請求、受領をする権限があると信じたことについて過失があるから、共栄火災保険、東京海上保険が勝彦に対してした各保険金の支払は、準占有者弁済としての効力が生じないものである。すなわち、勝彦は、控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険と本件事故後約一年間に亘り約一〇回も本件損害賠償に関する交渉を重ねてきたが、その間その交渉を清水弁護士に委任し、同弁護士から被控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険に対し、靖峰の母である控訴人が勝彦と離婚しその後所在不明であるので、控訴人については被控訴人らいずれかの申立で山口家庭裁判所下関支部で不在者財産管理人の選任を得た上、その不在者財産管理人との間で交渉されたい旨述べていた。しかし、勝彦は、その後同弁護士を解任し、本件示談の直前になつて、控訴人の所在が判明したので控訴人から委任状、印鑑登録証明書の交付を受けたと称して、それらの書類を被控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険に交付したものである。従つて、被控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険としては、その委任状、印鑑登録証明書につき疑いを抱くのが通常であり、委任状記載の住所の控訴人に対し、それが控訴人の意思に基づくものであるかどうかにつき、調査確認をすべき注意義務があるところ、それを怠り、書面審査で印鑑の照合をしただけで、勝彦が控訴人を代理する正当な権限を有するものと信じた過失がある。

五  証拠関係は、本件記録中の原審及び当審における書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一1  被控訴人久保が昭和五七年三月二三日午前七時五五分ころ山口市後河原二四九番地先付近道路を加害車を運転進行中、前方の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失により、折から横断道路を横断中の靖峰に接触して傷害を負わせ、これにより翌日死亡するに至らせたこと(本件事故)は当事者間に争いがなく、したがつて、被控訴人久保は民法七〇九条の規定に従い本件事故による損害賠償義務を負う。

2  被控訴人互助センターが被控訴人久保を雇用し、被控訴人久保が本件事故当時被控訴人互助センターの業務として加害車を運転していたことは当事者間に争いなく、右事実によると、被控訴人互助センターが被控訴人久保の使用者として、民法七一五条の規定に従い本件事故による損害賠償義務を負う。

二  損害について

1  靖峰の逸失利益の相続分

成立に争いのない甲第二ないし第六号証によれば、靖峰は、本件事故当時九歳で、勝彦と控訴人の長男であり、靖峰の相続人は勝彦と控訴人の二人であることを認めることができ、一八歳から六七歳まで四九年間は就労可能とみられ、一八歳の男子の賃金は年間一六五万八七〇〇円(賃金センサス昭和五七年第一巻第一表の男子労働者学歴計一八歳から一九歳欄の給与月額一二万八五〇〇円、年間賞与一一万六七〇〇円の合計)、これより控除すべき生活費はその実額を考慮すると右収入の五〇パーセントとすべきで、これを控除した所得を逸失したことになり、これに新ホフマン係数一九・五七四を乗じて中間利息を控除した現在額は一六二三万三六九六円となる。その法定相続分は勝彦と控訴人が二分の一ずつであるから、右額のうち控訴人の相続した額は八一一万六八四八円である。

2  靖峰の慰謝料の相続分

靖峰の死亡による靖峰自身の慰謝料は一〇〇〇万円とするのが相当で、その内前記相続関係により控訴人が相続した額は五〇〇万円となる。

3  控訴人の慰謝料

前記各認定事実によると、靖峰の死亡により母である控訴人は精神的な苦痛を受けたものであり、その慰謝料の額は一五〇万円とするのが相当である。

4  過失相殺について

前記一1の被控訴人久保の過失につき争いのない事実、各成立に争いのない乙第五ないし第八号証を総合すると、次の事実が認められる。

靖峰は、本件事故の際松岡博隆(小学四年生)と横断歩道を横に並んで横断し始め、道路の中央付近よりやや手前に差し掛かつた際右松岡がその左方向から加害車が進行してくるのを発見し危険を感じ横断を中止して引き返したが、靖峰は横断歩道を渡り切ろうとして急に走り出し、その直後に本件事故が起きた。

以上のとおり認められる。右事実によると、靖峰には、松岡と同様に横断を中止して引き返す時間的な余裕があり、そうすれば本件事故から避譲できたものであつて、靖峰が直ちに走り出し横断して避譲しなければ加害車と接触するような状況にあつたものとはいえない。従つて、靖峰には横断を中止して引き返すべき注意義務があるところこれを怠つた過失があるということができ、右過失割合は一〇パーセントとみるのが相当である。本件損害賠償額の算定につき右被害者靖峰の過失を斟酌すると、靖峰死亡による逸失利益の相続分は七三〇万五一六三円、靖峰の慰謝料の相続分は四五〇万円、控訴人の慰謝料は一三五万円、合計一三一五万五一六三円となる。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、被控訴人らが不当に抗争するので控訴人が本件訴訟の遂行を控訴代理人に委任し、その諸費用として一五〇万円の支払を約したことが認められるが、以上の損害額、事故の態様、訴訟の経緯等を考え合わせると、被控訴人らの負担すべき弁護士費用は一〇〇万円とするのが相当である。

6  以上の損害の合計額は一四一五万五一六三円となる。

三  被控訴人ら及び補助参加人は本件示談が成立したと主張するので判断する。

1  右被控訴人ら及び補助参加人の主張事実に沿う当審証人郷田繁夫の証言、被控訴人久保秀雄本人尋問の結果は、他の証拠と対比すると採用し難く、他に右主張事実を認めることのできる的確な証拠がない。かえつて、各成立に争いのない甲第一ないし第一〇号証、第一一号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三の二、同号証の六、乙第三号証、及び、甲第一一号証の三の一の存在、同号証の四、五の存在、原審証人椿行夫の証言、原審控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は、二度に亘り勝彦と婚姻し、昭和五二年一月一七日再度靖峰の親権者を勝彦と定めて協議離婚の届出をし、その後昭和五五年四月ころまで同居した後別居し、勝彦が靖峰を監護養育していたところ、勝彦が犯罪を犯して刑務所に入つたため、靖峰が同年一〇月ころ山口育児院に預けられ、そこから小学校(事故当時三年生)に通学しているうち本件事故に遭つた。

(二)  控訴人は右別居後山口県萩布大字椿東三一五〇番地の七に転居し、その届出をしたが、その後間もなく転居の届出をしないで大阪、三原等を転々とし、昭和六〇年一〇月二三日三次市に転居の上届出をしており、昭和五八年四月一三日当時は萩市の右住所に居住しておらず、勝彦とは全く音信不通であつた。しかし、勝彦は、同年同月同日萩市長に対し、控訴人が当時も右萩市の住所に居住しているように装つて、控訴人に無断で作つた山田の印顆を使用した従前控訴人が印鑑登録した印鑑を亡失した旨の届出書(甲第一一号証の四)及び新たな印鑑による印鑑登録の申請書(甲第一一号証の三の一)を偽造の上各申請をして、印鑑登録を受けた後、萩市長からその印鑑登録証明書(乙第三号証、丙第三号証等)の交付を受けた。勝彦は、そのころこれと右印顆を使用して、控訴人が勝彦に対し、本件事故による損害賠償の内控訴人の取得分につきその請求及び各保険金受領の代理権を授与する旨の委任状(乙第二号証、丙第二号証等)を偽造し、昭和五八年四月二〇日被控訴人らに対し、右委任状を提示し控訴人の代理人であると述べて、被控訴人らとの間に、本件事故による損害賠償額の内控訴人取得分を一一六三万五〇〇〇円(内訳は自賠責保険九八〇万円、任意保険一八三万五〇〇〇円)とする旨の示談をし、示談書(乙第一号証)を作成した(本件示談)。

以上のとおり認められる。

2  右事実によると、被控訴人らが昭和五八年四月二〇日控訴人代理人と称する勝彦とした本件示談は、勝彦が控訴人を代理する正当な権限に基づかないでしたものであり、控訴人との間には成立しなかつたものである、この点の被控訴人ら及び補助参加人の主張は理由がない。

四  債権の準占有者弁済について

1  弁論の全趣旨により各成立が認められる乙第九、第一〇号証、原審調査嘱託の結果、当審証人郷田繁夫の証言、当審被控訴人久保秀雄本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  勝彦が控訴人を代理する正当な権限を有すると称して共栄火災保険、東京海上保険に対し各保険金の請求をしたので、共栄火災保険が昭和五八年四月二六日本件事故による自賠責保険の内控訴人取得分九八〇万円を、東京海上保険が同年五月七日本件事故による任意保険の内控訴人取得分一八三万五〇〇〇円を、それぞれ山口相互銀行小郡支店の勝彦名義の普通預金口座に振り込んで支払つた。

(二)  勝彦が自賠責保険を取り扱う共栄火災保険(中国営業部)に対し、控訴人を代理する正当な権限を有することを証明する書類として、(1) 控訴人が同年同月一三日勝彦に対し、靖峰の本件事故による損害賠償の自賠責保険金の請求、受領に関する一切の権限を委任する旨の、控訴人名下に「山田」の押印があり共栄火災保険御中と書かれた委任状(丙第二号証)、(2) 右委任状の印影と同一の印鑑登録証明書(丙第三号証)を提出し、(3) これらに基づき勝彦が作成して、控訴人が同年同月一四日共栄火災保険に対しその自賠責保険金の内控訴人取得分につき請求する旨の請求書(丙第一号証)を提出した。共栄火災保険は、これらの書面を審査して、勝彦が控訴人を代理する正当な権限を有するものと信じた。

(三)  勝彦が任意保険を取り扱う東京海上保険に対し、控訴人を代理する正当な権限を有することを証明する書類として、(1) 被控訴人らとの間に成立したものとして前記三認定の本件示談書(乙第一号証)と、(2) 右の付属書類である委任状(乙第二号証)、印鑑登録証明書(乙第三号証)であり、東京海上保険は、これらの書面を審査して、勝彦が控訴人の代理権を有するものと信じた。

以上のとおり認められる。

2  しかし、共栄火災保険、東京海上保険が、右のように勝彦に控訴人を代理する正当な権限があるものと信じたことにつき過失がなかつたとする被控訴人ら及び補助参加人の主張については、これを認めることのできる的確な証拠がなく、かえつて、前記三冒頭「かえつて」以下の各証拠、当審証人郷田繁夫の証言、当審被控訴人久保秀雄本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  勝彦は本件事故後間もなく本件損害賠償請求を清水弁護士に委任し、清水弁護士が被控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険と、約一年間約一〇回にわたり交渉を重ねたが、清水弁護士はその際、被控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険に対し、控訴人は勝彦と以前に離婚しその後音信不通で所在が不明であり多額でもあるから、控訴人取得分については所轄の家庭裁判所で不在者財産管理人の選任を受け、その者とその賠償の交渉をすべきであり、自分は勝彦の取得分についてだけ委任をうけたもので、その点につき交渉するものである旨明示されていた。

(二)  その間、勝彦は、直接被控訴人らと示談交渉をしたことも数回あつたが、その際には、何時も勝彦と同棲している女性が同席していた。

(三)  勝彦は、その後本件示談の直前になつて、清水弁護士を解任し、自らその賠償の交渉を始めたが、そのころ急に、被控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険に対し、控訴人の所在が判明し、連絡の結果、勝彦が控訴人から本件事故による損害賠償の内控訴人取得分について示談をする代理権を授与された旨述べるに至つた。被控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険は清水弁護士から従前聞いていた前記事情と異なるのに、何等の疑いを抱かずに、右勝彦の言うことを信じた。

以上のとおり認められる。

3  右認定事実、前記認定の各事実によると、被控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険は、その直前まで勝彦の代理人をしていた清水弁護士から控訴人が勝彦と離婚しその後所在不明でその金額も多額であるから、控訴人のためには家庭裁判所で不在者財産管理人の選任を受けその者と交渉すべきであり、勝彦に関してのみその交渉をする旨述べられ、その旨の交渉を続けていたのであり、勝彦には、同棲していた女性がいたし、また、夫婦が離婚した場合には、婚姻関係は破綻し、両者間に法律行為を委任する信頼関係が欠けているのが一般であるから、清水弁護士が解任された後急に、勝彦自身から、自分が控訴人から示談をし、控訴人取得分について請求、受領する代理権を与えられたといわれ、それに沿う書類が一応存在していても、右各事情からみてそれが真実かどうかには多分に疑いを抱くのが通常といえるから、控訴人に対し、その代理権授与の有無及び内容について調査確認をすべき注意義務があるといわなければならない。しかるに、被控訴人ら、共栄火災保険及び東京海上保険は、いずれも、これを怠つた過失があるから、山口相互銀行小郡支店の勝彦名義の普通預金口座に振り込んで送金した前記認定の各支払は、民法四七八条の債権の準占有者弁済の要件を充足するものではなく、弁済としての効力を生ずるものではない。この点の被控訴人ら及び補助参加人の主張は理由がない。

五  以上のとおりであるから、被控訴人らは連帯して(不真正)控訴人に対し、本件損害賠償として、一四一五万五一六三円及び内弁護士費用を除く一三一五万五一六三円に対する靖峰の死亡の日である昭和五七年三月二四日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負い、控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるのでその限度で認容し、その余は理由がないので棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当ではないのでこれを右説示のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、九四条後段、仮執行の宣言につき同法一九六条の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 下郡山信夫 高木積夫 池田克俊)

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